過去の展覧会

​2019年

第5回企画展

ゆきなりさんぼう─ヨーロッパ紀行

2019年3月2日~7月27日

まだ世界が東西冷戦下にあった1963年の12月、永井潔は旧・東ドイツへと旅立ちました。東ベルリンで開催される「現代日本版画展」に日本美術会代表として参加するためです。

47歳にして初めてのヨーロッパ、ジェット機に乗るのもむろん初めて。そんな〝おのぼりさん〟状態のまま、翌1964年の7月にかけて、ルーマニア、スイス、イタリア、フランス、ベルギー、オランダ、デンマークをめぐった旅を彼は「ゆきなりさんぼう─ヨーロッパ紀行」(1964~65年「文化評論」)というエッセイに記しました。〝ゆきなりさんぼう(行き成り三宝)〟とは、〝いきあたりばったり〟のこと。旅はアクシデントの連続でしたが、「困ったときは、いつも見知らぬ友がどこからか現れて、その親切によって助けられた。不親切にも出会ったが、親切に出会った印象の方が強い。けっきょく私は人間に対する親愛を深めることになった」(同)と述懐するほど、生涯心に残る旅となったようです。今回は、その旅中で描いた作品を展示します。

ドイツの小旅行では『ヨーロッパスケッチ ドレスデン』(1964年/水彩)、『ドレスデン 城を望む』(同・水彩)、次に訪れたルーマニアでの『ブカレスト雪景』 (同/水彩)。イタリアでは『ヴェネツィアのかんかん』(同/水彩)2点と『ベニスの女』(同/水彩)。最も長く滞在したデンマークでは、『リンゴの花咲く裏庭』(同/油彩)、『アスパラガスの缶詰工場』(同/油彩)、『コペンハーゲンから来た娘』(同/油彩)、『税関の見える船着き場』 (同/油彩)、『樹間』(同/油彩)、『ボーゲンセの坂道』(同/油彩)、『ボーゲンセへの道』(同/油彩)、『アンデルセンの家』(同/油彩)、『ボーゲンセの魚屋』(同/油彩)、『ランゴオ駅』(同/水彩)、『デンマークのまきわり』(同/水彩)など、展示作品は22点。最初の宿泊地、ボンベイでカメラを失ったため、思い出に残したい光景はその場で絵に描きとどめるしかありませんでした。当時の彼には、新たにカメラを買うという選択肢がなかったようです。

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《ヴェネチアのカンカン》(1964年)

​2018年

第4回企画展

女たちーまなざしの先

2018年9月1日~2019年1月26日

人物画を得意とした永井潔にとって、女性の魅力をありのままに捉えることは、尽きせぬ関心の対象でした。本企画では、1930年代半ばから1950年代にかけて制作された14点の女性像を展示します。

1945年の終戦をはさんで、女性の社会的立場は劇的に変わりました。『書記』(1947/油彩)は、その象徴的な作品。会議に臨む女性のまっすぐな視線からは、新憲法によって男女同権を獲得した女性の躍動感が伝わってきます。一方で、時代に翻弄された女性たちも多くいました。戦死した息子に祈りを捧げる母親を描いた『暗い部屋にて』(1955年頃/油彩)、戦後の混乱期に起きた「松川事件」の被告の姉を描いた『松川覚書』(1950~1954年/油彩)は、苦悩を背負って生きる女性の深い表情が印象的です。高度成長期に向かう日本を下支えした女性労働者の逞しさが感じられる『にこよんの女』(1955/油彩)、近所に住む少女たちのあどけない美しさが輝く『みはるちゃん』(1957/油彩)、『少女像』2点(1955年~1959年/鉛筆)。また、『縫い物をする女性』(1930年代半ば~1950年代/油彩)、『裸婦』(同/油彩)、『緑の服の女性』(同/油彩)、『青い服の女性』(同/油彩)、『世田谷のお嬢さん』(同/油彩)、『三人の女たち』(同/水彩)、『振り向く女性』(同/鉛筆) も武田恵理氏(文化財保存修復スタジオ)の修復によって甦り、今回初の展示となります。

戦中、戦後、高度成長期という目まぐるしい時代を生き抜いた女たちは、まなざしの先に、どんな「明日」を見据えていたのでしょうか。

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《書記》(1947年)

《帽子の少年》(1930年代半ば~1940年代)

第3回企画展

男たちー物語る顔

2018年3月3日~7月28日

​永井潔は生涯にわたって多くの人物画を描きましたが、今回は1930年代半ばから1940年代に制作された男性像を中心に展示します。

この時期は、日本が戦争に向かって突き進み、敗戦とともに民主主義を迎えた激動の時代でもありました。永井潔の描いた「男たち」にも、時代の空気が色濃く反映されています。

『蔵原惟人氏像』(1947)のエスキース2点(鉛筆)は、読売新聞で年度ベストスリーに選ばれた秀作油彩の下絵で、戦後の文化運動を率いた蔵原惟人氏の新時代に向かう意志と知性をとらえています。『帽子の少年』(1930年代半ば~1940年代/油彩)の溌剌とした横顔にも解放感と希望が感じられ、戦後まもなくの作品ではないかと想像されます。『頬づえをつく青年』(同/鉛筆)、『二人の男(男性二人像)』(同/油彩)、『帰還した日』(同/油彩)にも、「民主主義」という新たな世界で物思う男たちの内面が窺えます。『開襟シャツの男』(同/油彩)がどこか暗く哀感を帯びて感じられるのは、『軍服の男』(1942年/油彩)のように戦時下に描かれたものだからかもしれません。永井自身が戦闘で重傷を負い、兵役の合間に「絶筆になるかもしれない」と思いながら、寸暇を求めて絵を描いた(自著 『あの頃のこと今のこと』)心情もそこには反映されたでしょう。

ほかにも『少年工』(1943年頃/油彩)、『コマ絵描き』(1958年/油彩)など、総勢14人の男たちが時代を超え、何かを語りかけてくるはずです。

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​2017年

第2回企画展 

ほぼ練馬、ちょっと世田谷

2017年9月2日 - 2018年1月27日

永井潔は19歳(1935 年)から35歳(1951 年)までの16年間を世田谷区松原で、36 歳(1952 年)から92 歳(2008 年)で亡くなるまでの56年間を練馬区早宮で暮らしました。その間には、戦争、敗戦、戦後の復興という、時代の波がありました。それに重ねた、彼自身の個人史がありました。青年期から老年期にいたる日々、「世田谷」で、「練馬」で、彼は何を目にしたのか?

『春』(1932 年/ 油彩)、『線路』(1930年代後半/ 油彩)、『民家』(1930 年代後半/ 油彩)、『父と母』(1948 年/ 油彩)、『赤い服』(1950 年/ 油彩)、『画室の一隅』(1953 年/ 油彩) 、『かまど』(1954 年/ 油彩)、『床屋』(1959 年/ 油彩)、『女学生』(1959 年/油彩)、『練馬駅附近』(1960 年頃/ 油彩)、『日傘』(1961 年/油彩)、『桜橋附近』(1986 年/ 水彩)   

刻々と変わりゆく人と風景は、貴重な時代の証言者でもあります。永井潔に「描きたい!」と思わせた時代の記憶、「ほぼ練馬、ちょっと世田谷」をご堪能ください。

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​《床屋》1959年

第1回企画展 永井潔アトリエ館 オープン記念

永井潔のすゝめ

2017年4月15日 - 7月29日

アトリエ館のオープン記念となる本展では、評価の高い人物画を中心に、1940年代から2000年代にかけての主要な作品をご紹介いたします。

終戦直後の食糧難を反映する『裸の父』(1946年/油彩)、『鍋など』(1947年/油彩)、一水会優賞・さくら新人賞を受けた『母』(1953年/油彩)、中学の教科書にも掲載された素描の『母』(1950年/木炭)、デンマーク滞在中(1964年)の作品『トラクターのある納屋』(油彩)、『菜の花畑』(油彩)、『農夫ホルガ』(複製品)などのほか、川口の鋳物工場を描いた『注湯』(1967年/油彩)、ゴーリキーの短編に構想を得た後期の大作『燃える心臓』(1987~2006年/油彩)など、60年間にわたる時代の流れの中で変化してゆく筆致がご覧いただけます。また、損傷が激しく、画集にも収録できなかった『よなべ』(1955年/油彩)、1940年代後半の作と思われる『少年工』(油彩)、『男性二人像』(油彩)が、山領まり氏ご紹介による岡崎純生氏の修復で甦り、新作のような鮮度で展示されるのも本展の特色と言えるでしょう。

1階「絵のあるカフェ(et café)」では、ABCブック『ウィリアム・テル』(1966年/世界出版社/文・村山知義)の挿絵原画全18点を展示中です。絵本の挿絵も多く手がけた永井潔の、子どもたちに向けたまなざしをご覧ください。

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《よなべ》1955年

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